広い空間の中に、巨大な本棚が連立している。 読書用の丸テーブルと椅子が点在している広めのロビーは、5階まで吹き抜けに なっており、少し視線を上げれば、360度、ぐるりと取り囲むようにした細かい 意匠の柵が、2階から5階まで並んでいる。 そしてその奥に各階、同じく所狭しと並べられた本棚たちが見える。 そんな、棚同士が必要最低限の通路を開けて並んでいる状況に違わず、どの棚も 本を傷めないようにと、ほんの数ミリずつ空けられた隙間を除いて上から下まで びっしりと、ありとあらゆる本で埋まっていた。 これまた本を傷めないようにと、光を散乱させるガラスを使い、なおかつ緻密に 計算された角度で配置された明り取りの窓からは、柔らかい光が差し込んでいる。 階段やエレベーターの類はないが、自動操縦の昇降機があるので、上の階に行 く時や、上の段の本を取る時もかなりスムーズだ。 そんな、上も下も右も左も本だらけのこの建物のロビーの片隅で、一人の人物が 本を捲っていた。 パラリ…とページを捲るたびに、紙が立てる僅かな音が耳に心地良い。 服装を見るに、女性のようだ。 時折右手がテーブルの上のカップへと伸び、口元へと持っていかれる。 そこだけを見れば、それそれは凄く優美な光景なのだが。 ・・・それを口に出して言えないのは、本を読んでいる人物の寄せられた眉が、 全ての空気を払拭しているからにほかならなかった。 そして。 「・・・・何してるの?輝夜( 」 「ん〜?緋澄( の髪って綺麗だなぁ、と思ってね」 「輝夜の髪の方が綺麗だよ?柔らかいし、見てて落ち着くし」 「それは光栄だな」 「――――――・・・二人共」 バタンッと、いささか乱暴に閉じられた本と共に掛けられた声に、隣のテーブル で互いの髪をいじっていた二人が声の主を見やる。 「どうしたんだ?紗夜( 」 濃い宵闇色の髪に深い翡翠の瞳を持った、外見年齢20歳ほどの青年がキョトンと した様子で問う。 「僕たち何かした?」 細い鳶色の髪に透き通るような紫水晶の瞳の、外見年齢18歳くらいのこれまた青 年が、前の青年に続くように首を傾げたところで。 ブチリ、と何かが切れる音がした。 「人が読書してる真横でイチャつくなってんだろが――――っ!!」 怒声は、静かなロビーにこれ以上なく響き渡った。 「全く、何回言ったらいいんだか!あんた達自覚ないでしょ」 「そんなことないぞ?なぁ」 「ねぇ」 全く悪びれた様子のない二人に、先程紗夜と呼ばれた少女がうろんげな視線を送 る。 年は17・8といったところ。漆黒の髪は頭の上方で纏めていてもなお腰に届くほ ど長く、瞳は黒真珠のように深く、先が見えない。 着ているのは、胸元で編み上げてあるモスグリーンのワンピースドレス。 紗夜の視線に――そこに込められた意味をわかっているのかいないのか――にっ こりと笑い返したのは、宵闇の青年。名は輝夜。 その隣にいる鳶色が緋澄。 彼等三人は、この建物で働く職員である。 『幻想図書館』―――――それが、この建物の正式名称である。 遥か古、人の世に物語と言うものが生まれた時から、この図書館は存在する。 生み出された物語は命を持ち、それに関わる人の心が多いほど、別の次元にて世 界として確立する。 だが、命を持つものの定めとして、物語は時に暴走する。 そこで、幻想図書館が生まれた。 ありとあらゆる次元、或いは世界を含めた全ての物語を有し、それらを管理・監 視することによって、物語が正しい結末へ向かうように引導するのだ。 故に、この図書館が持たない物語は唯一つ。 ―――――――この、幻想図書館という次元の物語のみである。 「自覚って、何の自覚か分かってる・・・・?」 「館長の自覚じゃないのか?」 「イチャついてる自覚に決まってんでしょーが!!」 がうと吠えた紗夜に、二人は成程といったようにぽむと手を打つ。 「・・・・神よ、何故あなたはこんなのをこの世界の責任者にしたのですか・・ ・・・」 「失礼だな。そこまで嘆くほどの事か?」 「そう思うんなら仕事しろよ!」 手を組み、天を振り仰ぐようなポーズから、ギッと輝夜を睨んだ紗夜の肩を緋澄 が叩く。 「紗夜・・・・・今更だと思うよ?」 至極あっさりとそうのたまった緋澄に、紗夜は顔面を手の平で覆い、大きな溜息 をついた。 Back
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