朝の風景






紗夜の起床時間は日によって区々だ。
と言うのも、紗夜は目覚まし時計に無理矢理叩き起こされるという感覚が大嫌い
なため、目が覚めた時間がその日の起床時間となっているからだ。
そうは言っても、毎日同じぐらいの時間に寝れば、大抵同じくらいの時間に目が
覚めるのだが。


ベッドヘッドの時計を確認し、起き上がる。
ベッドの上で一度大きく伸びをすると、バキッと肩が外れたような派手な音が鳴
った。
誰か別の人間がいたとしたら、一瞬ぎょっとするような音だが、本人としてはも
ういつものことなので慣れてしまっている。
「しかし、長年こうとはいえ、もうちょっとどうにかならないかな・・・」
言っても詮無いことなのだが。
「・・・・・・・はぁ」
溜息を一つつくと、ベッドを降りた。









紗夜の部屋は建物の二階の右端にある。
紗夜は部屋を出ると廊下の中央の階段を下り、すぐ左の部屋へと入った。
カーテンを開けると、部屋の様相が明らかになる。
中央に大きなテーブル。少し離れたところに電話がおいてあり、窓と反対側にはカ
ウンターキッチン。
ここは図書館唯一のキッチンダイニングだ。

キッチンに入って、コーヒーメーカーの電源を入れる。
昨日届いたコーヒー食パンとシナモン食パンがあるからそれを切るとして、あとは。
「サラダとヨーグルト・・・・かな」
冷蔵庫から卵とレタス、トマト、残り物のハム、ヨーグルトを取り出し、鍋に水を
張って卵を放り込む。あとはタイマーをかけておけば勝手に出来るだろう。
パンはそこまで大きくないから三枚ずつ切り出して・・・、バターとジャムを用意
する。
ジャムはビンから出さずに、横に小皿とスプーン。
サラダを盛り付ければほぼ完成だ。
少し少ないようにも思えるが、元々三人とも朝はあまり食べない。
その上、緋澄はともかくも輝夜にかかると、本当にコーヒー一杯とかですまそうと
してしまうから、朝食は何があっても絶対に食べる紗夜の担当になっていた。
「これでよし・・・・」
コンロの上のタイマーを見ると、ゆで卵が出来るまで後十分といったところ。

「今日はどっちだったか・・・・・」

昨日の二人の予定を思い出しつつ、紗夜は内線を手に取った。




















薄暗い室内にコール音が響く。
音量を抑えているとはいえ、眠りを妨げるには十分なその音に、もそりとベッド
の上が動いた。
伸ばされた手が受話器をとる。

『おはよう』

一拍の間を見計らったように耳に届いた声。
「・・・・・・今何時だ」
常よりも低い、寝起き特有の掠れた声が、受話器の向こうの相手へと問う。
壮絶な色気を醸し出しているその声は、老若男女問わず一発で堕としかねないほ
ど凄まじいものだったが、悲しいかな、生憎とその声を聞いていたのは紗夜だけ
で。
輝夜のそんな声も既に慣れきってしまっている彼女は、平然と、顔色も変えずに、
何の感慨も無く、
『7時半』
と答えた。





『寝たの何時』
「3時・・・・過ぎ?」
『4時間は寝てるなら大丈夫でしょ。死にゃしないんだし。どうせ緋澄もそこにい
るんだろうし、後10分以内に起きてこないと、途中で破裂したゆで卵投げるわよ』

言うだけ言ってプツリと切れた内線に輝夜は一つ欠伸をすると、頭をガシガシと
掻いて、通話中に隣で起き上がっていた同衾者に視線を向けた。
まだ眠そうで、現に眼は半分以上開いていない。
「・・・・お、はよ。輝夜」
「おはよう、緋澄」
挨拶と共に、頬に目覚めのキスを贈る。
「・・・・・ん」
それを平然と受け止めて、緋澄はごしごしと目元を擦った。
輝夜からはあまりするなと言われ続けているのだが、既に身に染み付いてしまっ
た動作はもはや無意識の産物で。やってしまってから気付くのだ。


「緋澄。・・・・また俺の上取っただろう・・・・・」


そう言われ、示された自分の手の中にあるのは、輝夜の寝衣の上。
「――――――ありゃ」
やってしまったと言わんばかりに、小さく舌を出してポリポリと頭を掻いた緋澄
に、輝夜は溜息をつく。
まぁ、これもいつもの事だから、もういいのだが。
「なんでとっちゃうかなぁ」
「知るか」
「輝夜も前止めてくれればいいのに」
「夜中に首が絞まる感覚で飛び起きるのは二度と御免だ」
きっぱりと言い切った輝夜に、緋澄がむぅ…と唸る。
以前、前のボタンが止まっているにもかかわらず、常のごとく輝夜の寝衣を剥ぎ
取ろうとした結果、首を絞めてしまったのは紛れも無く自分だ。
まぁ、きっちり腕を通している筈の寝衣を、着ている本人に気付かれずに剥ぎ取
れるのは、ある意味凄いことなのかもしれないが。

と言うか、一緒に寝なきゃ言いだけだろう。というのは、二人の間では論外であ
る。

「・・・・・・・」
じっ…と、自分が剥ぎ取ってしまった寝衣を見つめながら、緋澄は何事か考え始
めた。














「遅い」
きっぱりはっきりすっぱりこれ以上なく明確明快端的に自身の苛立ちの理由を口
にした紗夜は、少しの逡巡すらせず、キッチン(兼ダイニング)を後にした。


扉を出て階段を上がり、左から三つ目の扉をノックも無しに開け放つと、紙の散
乱した執務室が目に飛び込んできた。
扉を開けたときの風圧か、ひらひらと数枚の紙が舞っている。
この状態では終わってないな、と瞬時に判断するも、それは一先ず置いといて。
脇目も振らずに奥―――つまり、輝夜の自室へと繋がる扉の前に立った。

そして。



「わかった!」
長い黙考の後、結論に至ったらしい緋澄がベッドの上で膝立ちになる。
「輝夜が好きだからだよ!」
「――・・・俺の寝衣取る理由・・・・?」
「そう!」
満面の笑みと共に自信満々に頷いた緋澄に、輝夜がにっこりと微笑んで。
「俺も好きだよ」
そう答えた時。







「――――・・・・ほぉ・・・」








室内に響いた低い感嘆に、二人の身体がびくりと揺れた。
恐る恐る声の方を見ると、そこには腕を組み、開け放たれた扉に寄りかかってこ
ちらを睨――・・・いや、睥睨している声の主。
「・・・ってことは、私のことは嫌いなわけだ・・・・?」
「さ、紗夜・・・・」
「何時から・・・・」
「さっき緋澄が叫んだところから」
そんな前から・・・と二人が項垂れる。
「それより・・・・」


「10分以内に来いって言わなかったっけ・・・?」







「「い、1分で用意しますっ!」」

空腹時にはこれでもかと言うほどに沸点が低くなる紗夜に、二人は文字通り慌て
てベッドから飛び降りた。


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