仕事の風景






緩やかなインストゥルメンタルの流れる室内に、澱みなくリズミカルなタイピン
グの音が微かに混じる。
半分ほど開けられた窓には、風に翻る羅のカーテン。
タンッと軽い音と共に画面に上がったリストを眺め、紗夜はふむと腕を組んだ。
《紗夜》
机に上にある通信ボタンを押すと、空中に浮かび上がったホログラフィーデスプ
レイに相手の姿が映る。
《リストは上がったか》
「丁度上がったとこ。時期柄か、かなりの量だけど」
《すぐに送ってくれ。こちらで登録する》
「了解」
すぐに手元の端末を操作して、輝夜のもとへとデータを転送する。
進行状態のゲージバーを眺めながら、紗夜は「ところで」、と話を切りだした。

「昨日のは終わったわけ?」
《さっきな。全く、どうしてあんなにあるんだ》
「あんたがサボったからでしょ」
画面の向こうで疲れたように溜息を付いた輝夜に、間髪容れず紗夜が返すと、そ
れが事実であるがゆえに、輝夜はそれ以上文句を言うでもなく、苦く笑うに留め
た。
《輝夜、仕分け終わったけど》
どうやら、あの散らかり放題だった部屋の書類を今まで片付けていたらしい。
ひょっこりと画面に顔を出した緋澄が、ひらひらとこちらに手を振ってくるのに、
紗夜もひらひらと振り返す。
《なら、新書のサンプル探してきてくれ。はい、リスト》
10枚程度の紙の束を、緋澄に手渡す。
先程紗夜が送ったものを、もうプリントアウトしていたらしい。
「仕事は速いくせに・・・・」
《?何か言った?》
「別に」
ぼそりと呟いたのが聞こえたらしい緋澄が首を傾げるが、紗夜はなんでもないと
話を打ち切る。

別段口にしたところで、そしてそれが相手に届いたところで、今更困る事など無
いのだが、それを口にすること自体が既に今更のような気がするのだ。
(しかも輝夜だし)
言って聞くなら、今自分はこんなに苦労していない・・・筈、だ。

「緋澄、サンプルなら1階のカウンタ横に届いてるから」
《りょ〜か〜い》
声がフェードアウトしていくように聞こえるのは、恐らく走りながら返事をして
いるからだろう。
緋澄はいつも元気だ。
・・・・・時々、自分よりも幼く見えるのがなんとも微妙だが。
《今からどうするんだ?》
「自分の仕事するに決まってるじゃない」
今更聞くなと言わんばかりのことを聞いてきた輝夜に、紗夜は軽い頭痛を覚える。
担当の介入記録も書かなければならないし、付随世界の仕分けもそろそろ始めな
ければならない。
あぁ、本も書架に移動させなければ。
棚の前で竹の子が生えかかっているのは如何ともしがたい。
紗夜は片付けが苦手なのだ。
片付け自体は嫌いではないのだが、一定量を超えると片付ける気が失せてしまう。
このまま成長させたなら、そのままほったからしにするであろうことを、紗夜は
十分自覚していた。












「緋澄?」
あらかたの仕事を片付け、部屋の大量の本を持って一階に降りてきた紗夜は、カ
ウンタの隅でごそごそしていた鳶色を見つけ、驚いたように名を呼んだ。
「あ、紗夜」
「まだ探してたの?」
あれから随分な時間が経っている。
まさかと思いつつ問うと、案の定緋澄は首を横に振った。
「んーん。それはもう終わったよ。今はコレ」
そう言って持ち上げたのは、本の装丁を保護する為のシートビニールカバー。
裏がシール状になっており、貼り付けて使用する。
「紗夜は本入れ?」
彼女の後ろを指差しながら、緋澄が微笑む。
彼が見ているのは、紗夜の背後でふわふわと浮いている本たちだ。
四枚の銀の羽根が囲うように作られた空間の中で、上手くぶつからないようにし
ながら浮いている。
「重くて持てないんだから仕方ないじゃない」
何度も往復する気はさらさら無い、と紗夜は言い切る。
ここにエレベーターなどという便利な装置は無いのだ。
因みに、昇降機は書架でしか使えない。
「紗夜って変なところで面倒くさがりだよね」
「何それ嫌味?」
「まさか。感心してるんだよ」
時と場合はわきまえてるでしょう?という緋澄に、紗夜は軽く肩を竦めるだけで
答えた。


紗夜が動くのにあわせて、本も空中を滑るようにして付いてくる。
一階はロビーがあるために、本棚の数は上の階に比べると格段に少ない。
この階に集められているのは、主に使用頻度の高いAクラス・Sクラスの物語で、
大体棚一つが同じ物語で占められている。
林立する本棚の間を抜け、中ほどにある、一つだけ殆ど何も入っていない空っぽ
の棚の前に、紗夜は立った。
右手を胸の辺りに持ち上げ、スッ…と横に手を滑らせる。
すると、その棚にたった一冊だけ入っていた本が、紗夜の前へと降りてきた。
青いハードカバーのその本を手に取ると、紗夜はそれに何事か書き込み、棚の一
番上の段の左端・・・つまり先頭の位置に置いた。
直後、それが合図だったかのように、背後で浮かんでいた本たちが、棚のそれぞ
れの場所へと納まっていく。
これから長い付き合いになるだろう物語たちを収めた棚を半ば見上げるようにし
て、紗夜は目を細めたあと、穏やかな笑みを浮かべた。









「紗夜―!お昼出来たって――!」
「わかった、すぐ行く」
届いた緋澄の声に返事をして、紗夜はもう一度棚を見つめた。
「・・・・よろしく」
ぽん、と叩いたあと、今日の昼食はなんだろうかと思いながら踵を返す。
直後。


「たーらこー たーらこー♪」
「歌うなぁ――っ!!」


緋澄の歌が聞こえた直後、連鎖反応によって思い出された記憶の数々。
それらによって込み上げてくる笑いを必死で堪えながら、脳裏の片隅で紗夜は、
今日の昼食がたらこスパゲティなのだということを理解した。

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