長閑な風景






ボーン…と低い深みのある音が三度響いて、輝夜は壁にかかっている古い振時計
を見上げた。
「三時・・・か」
硝子の針が指し示す時間を見て、握っていたペンを置く。
机の左に山と積み上げられた、紙の束とか冊子とかファイルだとかをやや半眼の
瞳で嫌そうに眺めた後、はぁ…と溜息を零した。
「・・・動く方が好きなんだがな、俺は」
久々の事務仕事に、少々肩が凝ってきた。ここらで休憩を入れたほうがいいだろ
う。
す…っと目を細めると、輝夜の瞳が深い翠から鮮やかな金色に変わる。
《緋澄》



《――――・・・何?》
テレパスを使って名を呼ぶと、少しの間を置いて返事が返ってきた。
輝夜と緋澄だけが使える力の一端である。
《お茶にしようかと思ったんだが、今何処だ?》
この能力は便利なのだが、如何せん顔が見れないのが少々難点だ。
力を使うときに自分の瞳が金色に変わるように、今頃緋澄の瞳も神秘的なまでの
銀色に変わっていることだろう。
力を使っている時の緋澄はどこか人外的な雰囲気を纏っていて、とても綺麗で。
もちろん常の紫の瞳も彼に似合っていてとても美しいのだが、やはり滅多に見る
ことが出来ない所為か、こういう時には内心酷く残念な気持ちになる。
《上階書架。完結したのを二人で仕舞ってたんだけど》
《紗夜もいるなら丁度いい。テラスにいるから》
《わかった。じゃ、後でね》
《―――紗夜が、「ちょっと待って」とか「すぐ行く」とか返事をして五分経っ
ても動かなかったら―――・・・》
《強制連行でしょ。分かってるって》
《流石だな》
《輝夜だからね》
《それはどうも》
恐悦至極に存じます。

くすくすと笑いながら告げてやると、相手も笑う気配が伝わって、ラインが切れ
た。








最後に届いた笑い声に自然笑みが零れて、緋澄は上を見上げた。
辺りを見回し、彼女の力の源である銀の羽根と燐光を探す。
ニブロック程奥に行った所でその姿を認め、緋澄は声を張った。
「紗ー夜ー。お茶しよー」
「・・・・・・・・・・・はーい」
棚の上段付近に浮いた状態で、本に視線を落としたままで返事を返した紗夜に、
緋澄は若干顔を引きつらせ暫し明後日の方向を向いた。
おそらく、仕舞う際に中身の確認のためにページを捲っていたら、そのまま読み
始めてしまったのだろう。
彼女の横では、昇降機が本来の使い方を完璧に無視した、ただの本置き場と化し
ている。
壊れる事はないと思うが、逸脱した使用方法と明らかに重量超過と思われる本の
量に、流石に(昇降機に)同情を禁じえない。
「はーい」という、普段なら絶対に考えられない素直な返事に、絶対聞いていな
い事は明白だ。
緋澄はポケットから懐中時計を取り出すと、残り時間を数え始めた。







「・・・・だからって、無理矢理引っ張ってこなくてもいーのに」
輝夜の用意した紅茶――今日はアッサムらしい――を飲みながら、クッキーに手
を伸ばす。
市松模様のそれは、この間輝夜がどこかの世界に行った折に買ってきたものだ。
その世界ではかなり有名な店のものらしい。
「人が多くて大変だった」と言ったものだから、緋澄と二人で「わざわざ並んだ
のか」と驚いたところ、「並んでいた女の子達が揃って譲ってくれた」と、至極
あっさりとのたまってくれた。
何処の世界でも、総じて美形という者は何事にも有利であるように出来ているも
のらしい。
「すぐに時間を忘れるお前が悪い」
「う・・・」
珍しく図星を指され、紗夜は不貞腐れる。
皿に手を伸ばしてクッキーがないのに気が付き、益々不機嫌に目を眇めた。
「もう食べたのか」
「あればあるだけ手だすもんね、紗夜」
「・・・・・人聞き悪くない?」
「事実だろ」
「事実でしょ?」
それに、聞くような他人(ひと)は此処にはいない。
さらりと告げた二人に、紗夜は反論するのが面倒になったのか、輝夜の皿から一
枚取ると、自らの口の中へと放り込んだ。







「来週、書庫の入れ替えをしようと思うんだが」
クッキーを口にくわえた緋澄と、ミルクティーにしようとフレッシュを手に取っ
た紗夜が、一瞬の間の後、同時にパキリと音を立てた。
「まぁ、そろそろだとは思ってたけど」
「構わないけど?図書館(ここ)だって無限に空間が在るわけじゃないし」
前回の書庫入れが約半年前なのを考えると、丁度頃合と言ったところだろう。
「条件は?」
「とりあえず、ここ半年で介入回数と閲読回数が少ないもの――――・・・・・・
どうした、紗夜」
緋澄の問いに少し考えながら口を開いた輝夜が、急に虚空を見上げて、じっと何
かを見定めるようかのように微動だにしない紗夜に、真剣な顔で問う。
しかし。

「―――・・・くそっ」

忌々しげに悪態を吐いて、紗夜は輝夜の問いに答えることなく、一瞬にしてその
場から掻き消えた。



「・・・呼ばれた、かな?」
「多分な」
緋澄が予想を口にすると、輝夜が同意を示す。
「紗夜も忙しいよね、本当に」
「それでもきちんとやるのがアイツだ」
「あ、珍しい。輝夜が褒めてる」
「妬いてるのか?」
「まさか」
速答した緋澄に、信じてもらえているのか単に気にしていないのか、輝夜は判断
に困る。

(どっちもって、気もするんだよな・・・・)


冷めてしまった紅茶を飲みながら、内心溜息をついた輝夜だった。


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