「見つけた」


ぽつりと呟いた声は、幼い少年のもの。
「逃がさないよ」
抑揚のあまり無い声は、辺りへ響くことなくすぐに霧散する。
少年が、素早い動きで黒い靄状の物体の前に躍り出ると、靄は咆哮を上げてその
体を反転させる。
再び逃げ出した靄を、だが少年は追わなかった。


「行ったよ、ツキハ」
「ああ」


少年の声に答えたのは、年若い青年。
青年が指に挟んだ赤い羽根を握りこむと、瞬時に羽根が大きな鎌へと変化する。

言葉無く揮われた鎌が、ザンッと空気を切り裂くと共に、靄はその形を失った。











――――――世界。
それが三つの異なる界によって構成されているということを、殆どの人間は知ら
ない。
Stork(ストーク)・・・・・いわゆる天使≠ニ呼ばれる者たちの住む、『天界』。Clow(クロウ)、
悪魔≠フ住む魔界。そして人間の住む『地上界』――――・・・・この三つに
よって、世界は成り立っている。

そのうちの一つ―――魔界。




「ツキハ」
首府(キャピタル)にある黒冷院の集魂局、人事課の一室で、ツキハと呼ばれた青年は、目の
前に立つ頭一つ分ほど高い上司兼育て親の顔を見上げた。

「はい?」
「・・・・・ふ―――・・・・・」
「?何ですか?」
返事をした途端溜息をついた養父親に、ツキハは首を傾げる。
そうすると、養父親は再び溜息をついた。
「・・・・・狩るのはいいです、狩るのは。でもね」
急に伸びてきた手が、ぐわしとツキハの頭を捕らえる。

「魂壊すなって、何度言ったらわかるのかなこの坊やは〜〜〜っ」

そのまま万力のようにぎりぎりと頭を締め上げられた。
「トキ、あなたも止めなさい」
手を離すと痛みに蹲るツキハから視線を移し、その傍らに浮かぶツキハのパート
ナーへと彼がそう言うと、
「・・・・・・言っても聞かないし」
ボソリと呟かれた言葉の後、パートナー・・・トキは、でこピンの要領で体ごと
吹っ飛ばされた。
「・・・・・始末書を書いて管理課に提出すること。いいですね?」
「「は――――い・・・・」」
「―――――・・・・行ってよし」
全く持ってやる気も反省も見られない返事にこめかみが引きつくも、これ以上は
何を言っても無駄だろうと、彼は言葉を飲み込んだ。





悪魔・・・クロウであるツキハの仕事は、少々性格の荒い、いわゆる怨霊や悪霊
といった類の霊魂を回収することである。
この仕事をするものは、導き手・・・・リーパーと呼ばれている。
「・・・・今回で何回目だったか・・・」
毛先の黒い白の髪を掻き揚げ、一人ごちる。
右目は隠れて見えないが、前髪から覗く左目は鮮やかな赤色をしている。背に纏
った翼も、同じ赤。尖った左耳に、黒瑪瑙(オニキス)のピアスが揺れる。
「・・・・・7・・・・8回かな」
ツキハの呟きに答えたのは、彼の肩に乗る、マリオネットの人形程の大きさをし
た少年。
リーパーの助手・・・クローナーである彼は、外見の色彩は主であるツキハと全
く同じだ。
だが、こちらはピアスをしておらず、左翼は崩れたように変形している。
「何か言われると思うか?」
「・・・・・・さぁ」





「失礼しま―――・・・・す」
部屋に入るなり一斉に向けられた視線と、これまた一斉に吐き出された溜息に、
ツキハは一先ず叱られる心配は無さそうだと安心した。









「ツキハー」
「ハヤテ」
管理下を出たところで呼ばれた名に振り返ると、数少ない友人の一人が手を振っ
ているのが視界に入った。

「何?お前またやったわけ?」
笑と呆れが混ざったような声音に少々ムッとしたツキハは、そのままスタスタと
歩き出した。
慌ててハヤテが後を追う。
「お前、その何でも力任せに解決しようとする癖直せって教官(せんせい)にも言われただろ」
「だって、面倒くさい」
「めん・・・っ、はぁ」
キッパリスッパリ言い切ったツキハに、ハヤテは溜息をつくしかない。
能力は文句なしなのに、どうしてこうも性格が破綻しているのか。
「トキも大変だな、破天荒な主で」
肩に座っているトキにそう話しかけるも、彼はちらとこちらを見ただけで、何も
言わずに視線を前に戻した。

「だめだよーハヤテー」
ひょっこりと、ハヤテの頭上から顔を覗かせた少女が、彼の横に並ぶ。
ハヤテのクローナーであるツグミだ。飛ぶのにあわせ、ツインテールの髪が後ろ
に流れる。
「トキは無口で無愛想なんだからー」
「・・・・ツグミ失礼」
流石に引っかかるところがあったのか、トキが抗議を口にするも、
「そう言うなら、その半眼やめなよねー」
「・・・・・」
どう反論していいかわからず、結局口を噤むしかなかった。


内心では、この半眼は生まれつきだ、と叫んでいたのだが。









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