サァァァァァ――――――・・・・・・・・


微かな音を立て、灰色の空から雨が降る。
風が無いために真っ直ぐに降り注ぐ雨粒は、水溜りに綺麗な波紋を描き、パタパタ
と葉が水滴を弾く音は酷く穏やかで優しげだ。
雨の日に出掛けるなんて物好きな、と思う人もいるかもしれないが、何も自分だっ
て好きで今日出掛けているわけでは無いのだから、その辺は大目に見て欲しいもの
で。
何せ今日の予定は、既にひと月以上も前から決まっていたので、今更雨だからと言
って他の日に移せるほど融通が利くものでもなかったのだ。
傘の端にぶら下げた照る照る坊主が、歩調に合わせて前後左右にぶらぶらと揺れる。
時折くるりと一回転を織り交ぜながら揺れるそれもまた、降り続く雨にしっとりと
濡れていた。
布で作っているから、溶けて無くなってしまったり破れてしまったりと言う事は無
いけれど、マジックで書いた顔が、若干滲んでしまっている。
やはり油性ペンで書いておくべきだったか、と僅かに眉根を寄せた。
足元で跳ねた水がスカートの裾を濡らして、帰ったら洗わなければならないなとも
思い、溜息を吐く。


「――――・・・ハ」


「うん?」
雨音に紛れ、小さく耳に届いた声。
キョロキョロと首を巡らすと、どうやら道のすぐ側にある公園かららしい。
雨に煙る公園は、まるで鬱蒼と繁る霧の森の入り口のようで、いつもの様相とは全
く正反対の、不気味な顔を見せていた。
そこまで大きな公園ではないのだが、あちらこちらに植えられた大きな木々が、夏
には木陰を落として、人々の憩い場となっている。
けれど、今日の天気は雨。
人々の姿は皆無だ。
「こんな雨の日に・・・」
一体誰が。
不思議に思い、急いでいるわけでもなかったので、中に入ってみる。
ロータリーを抜け、奥へ向かうにつれて鮮明になっていく声。
まだ子供の、男の子の声のようだ。
そして。
丁度公園の中央辺りに来た時、小さな池を挟んで向こう側にある木の下に、人影が
見えた。


















「―――――・・・・・ハ・・・・」















「ツ――――・・・ハ」















「ツキ――――・・・・!」





「う・・・・ん?」
頬に冷たいものを感じて、薄らと目を開く。
正直言って、体はまだ眠っていたいらしく、目蓋が重い。
それでも何とか目蓋を持ち上げ、二三度目を瞬かせると、細い雨によって霞がかっ
た様な風景と、トキの顔が視界に飛び込んできた。
「ツキハ!」
「――――・・・・トキ?」
「・・・何で疑問系なんだよ」
名を呼んだ途端、むすっと不機嫌な顔になったトキに、小さく笑う。

「あ―――・・・此処は?」
「知らない。どっかの公園みたい」
「目撃者がいなくて何よりだ・・・・つッ!」
身を起こそうとして右腕に力を入れた途端走った痛みに、再び倒れこんだ。
「ツキハ!」
慌てたように名を呼ぶトキに、無事な左腕を目の上に翳してごちる。
「・・・・忘れてた」
怪我、してたっけ。
既に血も止まっているし、そこまで深い傷でも無いようだから、無遠慮な力を込め
なければ大丈夫だろう。
今度は気を付けながら、近くの木に体を持たせ掛ける。
重症なのは腕よりも翼の方だった。
右翼は既に感覚がなく、これでは仕舞う事も出来ない。満身創痍と言うわけではな
いが、酷く身体が重い。
まぁ、あんな高さから落ちたのだから、全身を強く打っているだろう。
それでも落下によって骨を折ったとか言う事はなく、かすり傷程度で済んでいるの
だから、悪魔とは何とも丈夫なものだな、とは思ったが。
と、不意に影が差したのを感じて、ツキハは顔を上げた。








自分が来た事に気付いたのか、木に寄り掛かっていた人物が顔を上げた。
「・・・・・誰だ?」
紡がれた声は、低くもなく高くもない。年の頃は18か19と言ったところか。
背広は雨に濡れてしまっているが、生地はかなり上等なもののように見えた。安物
の布は、少し濡れただけですぐに光沢を放つからだ。
着崩した背広がラフな印象を受けるが、だらしなくは見えないのが不思議である。
髪は珍しい白色で、こちらを見上げる瞳は鮮やかな(ルージュ)。
最初に問いかけたまま、彼は何も言わずにじっと自分を見つめている。
問いには答えないまま暫くその目を見つめ返してから、膝を曲げて目線を合わせた。
スカートが濡れた地面について汚れるが、どうせ家に帰ったら洗うつもりだったの
だから気にすることは無い。
青年の隣に居た少年が、恐らく無意識にだろう、彼のズボンを握り締めながら僅か
に身を引いたのを見て、安心させるように笑みを浮かべた。
「大丈夫?」
一瞬、何を言われたのか分からなかったのか、青年が惚けた様にこちらを見返した。
低い位置で、少年が自分と青年の顔を交互に見る。
間を置いて、青年が小さく頷く。
「怪我してるんでしょ」
再び頷く。
「ケンカ?」
これにはだんまりだ。
少年に目を移せば、やはり警戒するようにこちらを半眼の瞳で睨んでいる。
「・・・・・名前は?」
「―――――・・・・・ツキハ」
じっと、何かを見定めるようにこちらを見ていた彼が、沈黙の後、小さく名乗った。


「私はラピス。初めまして、ツキハ」










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