「あの!!ツキハが行方不明って―――・・・っ!」
廊下を走るな!という上司の声を完全に無視し、時折すれ違う人や物にぶつかりそ
うになりながらも猛ダッシュで廊下を駆け、半ば怒鳴り込むように勢いよく自動ド
アを手で抉じ開けたハヤテは、瞬間、目の前に広がった光景に先程までの勢いを失
くし。

「・・・・・・・うわぁ」

そう、呟いた。










人事課の執務室の奥にある小さな仮眠室で、ベッドの一つに横になっている一人の
人物。
顔半分に冷やしたタオルを載せたその人を団扇で扇いでやりながら、ハヤテは隠そ
うともせずに盛大に溜息を吐いた。
「・・・本人の目の前で溜息をつくのは、些か失礼な気がするのですが。ハヤテ君」
「そー思うんなら、部下の目の前でいきなり気絶しないで下さい。ハサヤ主任」
「・・・・・・・・・・・」
はたはた、と団扇が風を煽る音だけが狭い室内に響く。
扉を開けた途端目に入った、阿鼻叫喚の渦と化していた人事部の様子に、改めて確
認するまでもなく噂が真実らしい事を理解したハヤテは、とりあえずツグミの鈴で
一旦全員の気を引いて落ち着かせると、その中心に(倒れて)いた彼を仮眠室に放り
込んだのだ。
温くなったタオルを取り上げ、サイドボードに置いた洗面器の氷水で冷やしておい
たタオルと取り替える。
ほぅ・・・と息をついたハサヤの様子から、これはあと4〜5回は同じことを繰り返さな
ければならないだろう、と予想した。
「けど、幾らなんでも倒れる事は無かったんじゃないですか?連絡の子がかなり狼
狽えてましたよ」
何が起こったのか、どうしていいかも分からずに、半泣きの状態でおろおろとハサ
ヤと周りの人たちを見ていた少女。
確かあの子は、今期学院(アカデミー)を卒業したばかりの新人だった筈だ。事態の連絡を任さ
れ、いざ役目を果たしたと思ったら突然目の前の人物が倒れたのだから、その恐怖
と衝撃は計り知れなかっただろう。
もしも連絡に行ったのが自分だったとしても、目の前でなんの前振りも無く椅子か
ら転げ落ちられたら、流石に硬直しただろうし。
とは言え、彼が義理とは言え息子のツキハを大事にしている事はよく知っているが、
にしても少々過剰反応過ぎる気がしなくもない。
「流石に、今回はちょっと事情が事情だったので、行き成りはびっくりしました」
びっくりしただけで気絶するんかい、と内心で突っ込む。
「もしかして、相当ヤバい仕事に就けたんですか?アイツを」
「ん―――・・・まぁ、大丈夫だとは思いますけど。今まで何人も返り討ちに合ってま
すけど、ツキハならよもや一方的にやられるってことは無いでしょう」
「あー・・・そーですね。アイツ実は負けず嫌いだから・・・・・・・・って、はあぁぁぁぁぁ
ぁぁ――――っ!?」

ちょっと待て。今何か聞き捨てならないこと言わなかったかこの人。
何人もの死神が返り討ちにあってる霊って一体どんなのだ。っていうか。

「いくらツキハが戦闘能力に長けてるからって、無傷とは限らないんじゃないです
か―――!?」
「あ」
思わず胸倉を掴み上げて叫ぶと、ずるりとずれ落ちたタオルから半分顔を覗かせた
ハサヤが、今気付きましたと言わんばかりの声を上げた。










「ハヤテ――・・・って、何コレー?」
ノックも無しに仮眠室に入ってきたツグミが、眼前に広がる光景に首を傾げる。
ベッドに乗り上げたハヤテが、顔がくっつかんばかりの近さで上司の胸倉を掴み上
げているのだから、傍目からするとかなり問題な状況である。
だが、その現場を目撃した張本人であるツグミの反応はいたって軽かった。
「ツグミ、どうだった?」
こちらもあっさりとした反応を返したハヤテが、パッと掴み上げていた手を離す。

ゴンッ
「たっ!」

音と共に小さく呻き声がしたが、二人はあえてそれをスルーした。
「頼まれてたの調べ終わったってー」
「で?」
「葬送(おく)られた可能性は無いってー。まだ反応はあるからー」
ツグミの答えに、ハヤテは一先ずほっとする。葬送られてはいない――・・・つまり、
生きてはいるということだ。ただ、怪我をしているか否かは分からないのだが。
「そのうち連絡してくるでしょう。とりあえず、現場に一番近い魔女の所に連絡を
入れておきましょう」
復活したらしいハサヤが、普段通りの余裕の窺える笑みを浮かべて颯爽と仕事場に
戻っていく。
とりあえず大丈夫だということが分かったからか、既にいつもの飄々としたハサヤ
に戻っている様だ。
ハサヤが出て行った扉の向こう・・・つまりは仕事場から、口々に「大丈夫ですか」
といった類の言葉をかけている人事部の面々の声が聞こえる。
既に見えなくなった後ろ姿を思いながら、ハヤテはあまりに素早いその変わり様に、
感心したのか呆れたのか自分でも判断がつかない溜息を深々と吐き出した。











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